英語は1つのツールでしかないということ

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どうも、あやせです。


留学して4ヶ月が経ちました。5ヶ月目に突入したところです。

日本では英語を流暢に扱える人が少ないので

「英語が話せる」=「人間として高い地位である」と認識されていると思います。

違う例を上げると「東大生である」=「人間として優れている」と学歴と人間性を

無意識に結びつけてしまうものです。(ちなみにこれはハロー効果と呼ばれています。)

しかし、それらは全くの誤りなのです。東大生でも痴漢で捕まる人もいますし、

高卒でも人間性が優れている人は沢山います。

英語は1つのツールでしかない

正直、自分は冒頭でも書いたとおり「英語が話せる」=「良い職業につける」と

留学に来る前は思っていました。あながちこの考えは間違えではないと思います。

多くの企業でTOEICのスコアが選考に影響を与えるように。

しかし、企業の選考にしてもそれは、英語を1つの基準としてしか見ていなくて

大袈裟に言うならば、履歴書に書いた「普通免許を持っている」ということと

同じということなのです。(勿論、TOEICのが重要度は高いと思いますが」

英語を話せても駄目な大人がたくさんいる

トロントでの暮らしが4ヶ月が過ぎて色々な日本人に会いました。

私が会った日本人の中には、英語が流暢に話せる人もたくさんいました。

しかし、彼らは、英語が話せるにも関わらず日本で言うフリーターみたいな

生活を送っています。勿論、彼らの生き方が幸せか不幸せかは、彼ら自身が

判断することなので断言は控えますが、日本の社会から客観的に見たら彼らは

「駄目な大人」と判断されてしまうでしょう。

つまり、「英語が話せる」=「人間として優れている」ということではないのです。

これからは英語をどう使うかを考えよう

何度も繰り返し書いてる通り、英語は私達を幸せにする1つのツールでしかないのです。

それなので今後は英語を使って何をするのかに重点をおいていく必要があると思います。

これから英語を学んでいく方に伝えたいのは、英語を使ってなにをしたいかを

明確にすることだと思います。

それは受験勉強のためでもいいでしょうし、外国人の恋人を作るでも何でもいいのです。

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